ストア派アナン・アムラの考察

人間としての欲求

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食欲,、性欲、睡眠欲・・・

 

これらを満たすだけであれば、人間でなくともできる。

 

もはやこれらは「人間としての欲求」ではない。

 

これらの本能的な欲求、すなわち動物的な自我だけでは

 

人間は幸せにならない。

 

それは君自身も実感していることだろう。

 

もし実感していないのであれば、実際に経験してみると良い。

 

理性を取っ払い、

 

食べたい物を食べまくり、

 

自らを慰める、もしくは不特定多数の異性と交遊をし、

 

1日中寝てみればいい。

 

想像できないときはこのように経験してみることだ。

 

その数日間は無駄になるかもしれないが、

 

これら動物的な欲求は満たしても幸せになれないことをすることができる経験は

 

人生にとって明らかにプラスになる。

 

そして、それらがいっこうに満たされないことに気がつくことになるだろう。

 

 

人間に必要なのは、これらの動物的な自我よりも

 

もっと高い次元にある成長欲求である。

 

自分を成長させたいという欲求は

 

君の努力を促進する。

 

しかし残念なことに、その欲求のみで

 

努力し続けることができる人間は稀である。

 

これまた経験してみるといい。

 

もしくはもう経験しているかもしれない。

 

成長したいと願い、実際に行動することは良いことだ。

 

行動しない人間は変わらないし、ずっと同じ場所を繰り返すことになるのだから。

 

ただ、問題はそれを継続できないことだ。

 

すべての成功者は実際に継続し続けている。

 

ただ、彼らに共通しているのは

 

努力を努力と思っていないまま努力していることだ。

 

苦しいまま努力した人間は、ある地点でとまる。

 

何かを達成した時点で「一休み」と言い、休むのだ。

 

君はそんなことはないだろうか?

 

では君に、もし合格したい試験があったとする。

 

では君に、もし彼女にしたい女性がいたとする。

 

君が試験に合格したり、君に彼女が出来た場合の君の取る行動は

 

どうなるだろうか。

 

果たして、試験に合格した後も試験勉強を続けるだろうか。

 

果たして、彼女にアプローチをし続けるだろうか。

 

おそらくどちらも否であるはずだ。

 

君が持つべきなのは、成長欲ではあるが、

 

その成長欲は生きている限り持たなければいけない欲求である。

 

そう考えると、

 

君は死ぬまでずっと成長したいという欲求を持たないといけないことになる。

 

動物的な自我の3つが満たされないように、

 

この成長欲も満たされることはない。

 

つまり、君はずっと満たされることのないまま生きていくことになる。

 

さあ、どうだろうか。

 

私は先ほど、成長欲は持たないといけないと書いたが

 

成長欲は永遠に満たされないとも書いた。

 

では我々はどうすればいいのか。

 

考えてみて頂きたい。

 

 

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